公共デジタル連携ラボ

サービスデザインから見た市民参加プラットフォームの技術選定と実装:設計要求とシステム構築の橋渡し

Tags: サービスデザイン, 技術選定, システム実装, 市民参加プラットフォーム, UX/UI, 開発プロセス, 要件定義, 公共デジタル連携

はじめに

公共分野における市民参加プラットフォームの導入は、単にオンラインで情報提供や意見募集を行うだけでなく、市民、行政職員、NPO職員など、関わるすべてのステークホルダーにとって有益で利用しやすい体験を設計することが不可欠です。この体験設計の上流工程を担うのがサービスデザインの考え方であり、これがその後の技術選定やシステム実装に大きな影響を与えます。

本記事では、サービスデザインの視点から、市民参加プラットフォームの技術的な側面をどのように捉えるべきかに焦点を当てます。サービスデザインによって導き出された要求を、具体的な技術仕様やシステム構成に落とし込む際の考慮事項、そして設計と実装の間の連携を円滑に進めるためのアプローチについて、専門的な視点から解説します。

サービスデザインとは何か:市民参加プラットフォームにおける視点

サービスデザインとは、特定のサービスにおけるユーザー体験全体を、エンドツーエンドで設計するアプローチです。単にデジタルインターフェースの使いやすさ(UI/UX)に留まらず、サービスにアクセスする前後のプロセス、オフラインでの体験、サービスを支える組織内部の運用、関連するステークホルダー間のコミュニケーションなど、サービスに関わるあらゆる接点を包括的にデザインします。

市民参加プラットフォームにおけるサービスデザインの目的は、多様な背景を持つ市民が、技術的な障壁なく、自身の意見表明や活動参加を容易に行えるようにすることです。また、プラットフォームを運用する行政やNPOの担当者が、効率的に情報を収集・管理し、市民とのエンゲージメントを深めることができるように、組織内部のワークフローや必要な技術サポート体制まで含めて検討します。

サービスデザイン要求が技術選定・実装に与える影響

サービスデザインのプロセスで洗い出される多様なユーザーニーズやサービス体験の設計は、プラットフォームの技術的な要件定義に直接的な影響を与えます。具体的には以下のような点です。

設計要求を技術仕様に落とし込むプロセス

サービスデザインによって描かれた理想的なユーザー体験やサービスの流れを、具体的な技術仕様として定義するためには、サービスデザイナーと技術担当者間の密接な連携が不可欠です。

  1. 設計成果物の共有と理解促進: サービスデザインフェーズで作成されたユーザー体験マップ、サービスブループリント、カスタマージャーニーマップといった成果物を技術担当者と共有し、サービスが目指す全体像と各要素の意図を深く理解してもらいます。
  2. 要求のブレークダウン: サービスデザイナーからの抽象的な「〇〇な体験を実現したい」という要求を、技術担当者が「そのためには△△という機能が必要」「□□という非機能要件(性能、セキュリティ、拡張性など)を満たす必要がある」といった具体的な機能要件、技術要件に落とし込みます。
  3. プロトタイピングと検証: 早期にプロトタイプを開発し、サービスデザイナーや実際に利用する可能性のあるユーザーからのフィードバックを得ることで、設計要求が技術的に実現可能か、また意図したユーザー体験を提供できているかを確認します。このフィードバックを元に要求や技術仕様を修正します。
  4. 共通言語の構築: サービスデザインと技術開発では使用する用語や視点が異なることがあります。互いの専門性を尊重しつつ、共通理解を深めるためのワークショップや定期的なミーティングを通じて、共通の言語を構築することが重要です。

技術選定におけるサービスデザイン視点の組み込み

市民参加プラットフォームの技術選定においては、単に機能要件リストを満たすだけでなく、サービスデザインが目指すユーザー体験や運用体制を最も良く実現できる技術スタック、開発フレームワーク、SaaS/PaaSプラットフォーム、あるいはベンダーを選定する必要があります。

例えば、多様な情報発信と意見募集を容易に行えることが最優先のサービスデザイン要求であれば、CMS機能が豊富で、柔軟なフォーム作成機能を持つプラットフォームが適しているかもしれません。特定の地域内でのコミュニティ醸成を重視するサービスデザインであれば、ユーザー間のコミュニケーション機能や地域情報の発信・共有機能に強みを持つソリューションが候補となります。

また、導入・運用コストだけでなく、サービスデザインで想定される将来的な機能拡張に対応できるか、他の既存システムとのAPI連携の容易さ、運用を支えるためのカスタマーサポート体制や技術コミュニティの有無なども、重要な選定基準となります。サービスデザインによって導き出された非機能要件(例: 高い同時アクセス数への耐性、厳格なセキュリティ要件)を満たす技術的基盤(クラウドインフラストラクチャの選定など)の評価も不可欠です。

実装フェーズでのサービスデザインと技術の連携

技術選定を経て実装フェーズに入ってからも、サービスデザインと技術開発の連携は続きます。特にアジャイル開発プロセスを採用する場合、サービスデザイナーは開発チームの一員として、スプリントごとに開発される機能がサービスデザインの意図に沿っているかを確認し、ユーザーテストを実施してフィードバックを開発に反映させる役割を担います。

技術的な制約からサービスデザインで想定した通りの機能実装が難しい場合も発生します。このような場合、サービスデザイナーとエンジニアが共に代替案を検討し、ユーザー体験への影響を最小限に抑えつつ、技術的に実現可能な解決策を見つけるための議論が重要になります。

単体テストや結合テストといった技術的なテストに加え、サービスデザインで定義されたユーザーシナリオに沿った受け入れテストを共同で実施することで、システムが意図した通りに動作し、かつ求めるユーザー体験を提供できているかを確認します。

事例に学ぶ:サービスデザインと技術連携の成功・失敗

サービスデザインと技術連携の成否は、プラットフォームの利用者数やエンゲージメント、そして運用効率に大きく影響します。

成功事例としては、プロジェクトの初期段階からサービスデザイナーと技術担当者が密接に連携し、実現可能性を考慮した上でユーザー中心の設計を行い、継続的なユーザーテストとフィードバックを開発プロセスに組み込んだ事例が挙げられます。これにより、ユーザーにとって直感的で使いやすいプラットフォームが構築され、高い利用率と満足度が得られました。

一方、失敗事例としては、サービスデザインと技術開発がサイロ化し、設計フェーズと実装フェーズが完全に分離していたケースが見られます。技術チームがサービスデザインの意図を十分に理解しないまま実装を進めたり、技術的な制約を考慮せずに設計が行われた結果、要求を満たせない、あるいは運用が非効率になるシステムが構築されてしまう可能性があります。また、技術仕様が固まった後にサービスデザインが後付けされた場合、ユーザー体験が不十分になることが一般的です。

導入・運用における課題と解決策

サービスデザインと技術実装の連携においては、組織内の壁、異なる専門性を持つチーム間のコミュニケーション不足、共通のプロジェクトゴールの不明確さなどが課題となることがあります。

これらの課題を解決するためには、部門横断的なプロジェクトチームを編成し、サービスデザイナー、エンジニア、運用担当者が同じテーブルで議論できる場を設けることが有効です。定期的な合同ワークショップやデザインスプリントを実施し、共通の目標やユーザー像について認識を合わせることも重要です。また、FigmaやMiroのようなコラボレーションツールを活用し、設計成果物や技術的な検討状況を視覚的に共有することも、互いの理解促進に繋がります。

まとめ

公共分野における市民参加プラットフォームの効果を最大限に引き出すためには、単に技術的な機能要件を満たすだけでなく、サービスデザインによって描かれたユーザー体験を深く理解し、それを技術選定とシステム実装に適切に反映させることが不可欠です。

本記事では、サービスデザイン要求が技術選定・実装に与える影響、設計要求を技術仕様に落とし込むプロセス、技術選定や実装フェーズでの連携ポイント、そして導入・運用における課題と解決策について解説しました。

サービスデザインと技術チームが緊密に連携し、「どのようなサービス体験を提供したいか」という問いから技術要件を導き出し、相互にフィードバックを循環させる体制を構築することが、真に市民にとって価値のあるプラットフォームを実現するための重要な鍵となります。